鏡像

私は男でした。そして、思い付く限り、私よりも美しく、心奪われる女性はいませんでした。詰まる所、私は女装というものに心を奪われていたのでした。私はその姿に言いようの無い背徳感を覚えていました。それは濁った蜜のような物です。強烈な匂いと、甘味を放つそれを、私は遠ざけることができませんでした。

鏡を想像して頂きたいのです。異論はないかと思いますが、鏡は自己を写す為に存在します。そして通常のそれに付け加えるところがあるとするのならば、そこに、とても幻想的で欲望を喚起させる姿があるのです。鏡に写る、自分の鏡像に、自らの姿を覚えます。その肢体に触れたら、まるでモノクロの渡り鳥の群れが飛び立つかのように散ってしまいそうな儚い姿で、そこに慄然と存在しているのです。身体中の水分を奪われた状態でのそれより、強烈な渇き。どうしようもなく愛しいと感じる自分がいます。至高の麻薬とは、まさにこのようなものでは無いでしょうか。折り重なる自分に想像を馳せ、官能の調べは貴方を悦楽の至りへと導く事を想像させます。鏡の中の貴方は、月の光がとても似合いそうな白さを湛えていて。ガラス越しにその柔かな感触を、想像で補いながらたしかめていきます。胸が音を立ててきしむように、痛んでいくのです。さも当然な事ではありますが、手に入らないという事実は、絶望として解釈されます。そして錯覚を望む自分に気付きます。鏡像の如き偶像を望む自分。そこに完全な憧憬として、誰よりも近くにいるというのに、果たして誰よりも遠くにそれは存在しています。

私にとっての孤独とは、このようなものでした。