創作

鏡像

私は男でした。そして、思い付く限り、私よりも美しく、心奪われる女性はいませんでした。詰まる所、私は女装というものに心を奪われていたのでした。私はその姿に言いようの無い背徳感を覚えていました。それは濁った蜜のような物です。強烈な匂いと、甘味…

祈り

「ねえ、神様が私たちを作って、そして私たちを好きでいるなら、どうして神様は私たちが病気になるのをほうっておくの?」 娘が尋ねてきた。5歳になる私の娘は、このままいけば確実に学者になりそうだ。好奇心を全方位的に向けられると、それに答える方に、と…

ラプンツェル

気がつくと私は、塔の中にいました。 塔の中は決して狭すぎるということはありませんでしたけれども、なんと言うか空気が澱んでいてとても居心地の悪いものだった、そう思えるのは塔を抜け出してのことでした。 ですが、私にとってはこれが初めて与えられた…

パラダイス・ロスト(1)

どうしてだろう、こんなことを考えたのは。僕はなぜこんなことを考えていたのか、自分でもよくわからなかった。唯一つ言える事は、このなかには真実と呼べるような純真で混じりけのないものなど、何もないということだけだった。それは打算と混乱と後悔に満…

過ぎない夏

夏。茹るような暑さで、体中の水分という水分が無くなるかという中、僕は自転車を走らせていた。ちょうど峠の半ば。ふと顔を下に向けると、アスファルトが日光を一心に受け止め、その温度はおそらく想像を絶することになってるのだけは容易に予想がついた。…

憧憬

彼女は蠱惑的な雰囲気を纏い、僕の目の前に座っていた。朝の柔らかな日差しの中、僕は手早くできる無難な朝食を作り、目の前にいる彼女と朝食を共にしている。スクランブル・エッグ、炒めたソーセージ、トーストにスープと目の前に並ぶ。ぎりぎり二人が食事…

仮面男

その男は気がつくと、仮面を被っていた。なぜ被っていたか、それはわからぬ。気がつけば仮面はただそこにある物であったし、それを被ることは息をする様に自然な事だった。彼が仮面を被っていることを周りの者に問いただされる様なことはなかった。誰も彼の…