感情の制御困難な性質について、あるいは

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死ねばいいのに、とまでは行かなくとも、その眩しさに思わず目を反らしたくなることは、少なからずある。

夏の暑い日の事。今年の夏は例年に比べて大変忙しく、連日10時間近く働いていた。その日は珍しく仕事が比較的早く終わり、ようやく軽く羽を伸ばせると、軽くウキウキした気分で帰りの電車に乗った。そしていつも通り定刻に自分の降りる駅に到着し、帰ってたら何をしようかと考えながら電車を降り、手慣れた動作で改札を済ませ、とぼとぼと歩きながら駅から駐輪所へと向かっていた。

後ろから声を掛けられたような気がした。気がしたというのは、その時僕はカナル型イヤホンを装着し、iPodでBUMPの曲を掛けていたので、周囲の音が拾えなかった状況にあった。恐らく空耳だろうと思い何事も無かったように行こうとすると、不意に肩を叩かれた。

驚きながら振り返ると、無視するなよ、と僕に笑いかける見知らぬ小綺麗な女の子の顔があった。1秒ほどで見知らぬ、と思ってた彼女の中に、高校時代僕が所属していた部活の同級生の面影を見出した。間もなく僕の脳から彼女のフルネームが出力された。軽く固まっていたので彼女は何、忘れていたの?と戯けた口調で言った。。覚えてるに決まってるじゃんと、相手の名前を言い返し、それからしばらく談笑した。相手が笑顔だと不思議なもので自分も笑顔になる。久しぶりだな、何してるの?などと軽く世間話から切り出し、そういえばアイツは何してるの?東京で働いているよといった具合に、二人の共通の知人の近況などを確認したりした。そして話題が尽きるまで小一時間話した。相手のテンションに乗せられて、道化のように振る舞ったりもした。ようやくお互い語ることが尽きたと感じると、手を振って別れた。敢えて連絡先は聞かなかった。辛かったから。

話してて眩しかった。よくあの頃の同じ部活の子とかと会ったりしてるんだよ。などと彼女は嬉しそうに語った。そうなんだと相づちを打ちながら内心、ああ、この子はとても幸せな時間を過ごして来たのだな、こんな事を思い浮かべていた。別れた後も彼女の事が頭から離れなかった。ああ、きっと彼女は大学に行って素敵な学生生活を送って、色々な恋愛とかも経験して大人になっていったのだな、こんな具合に考えは次々と浮かんでいく。無論これは僕の想像に過ぎない。でもこのような考えを思い浮かべさせるほどに彼女は垢抜けて、綺麗になっていて、躍動感に満ち溢れていたように思えた。本質は昔と変わらないはずの彼女の笑顔に僕は気圧された。

それに比べて俺はどうだ、と考えると暗澹たる想いに駆られた。なぜ僕は彼女のような底抜けの明るい笑顔を浮かべる事は出来ないのだろう、と決して解る事の無い問いを発した。あくまでも彼女は彼女、自分は自分だと理性は暗示のように僕に語りかけてくるけど、僕にとってはそんなもの、ただの念仏のようにしか聞こえなかった。顔に浮かぶのは彼女のような笑顔ではなく苦笑でしかない。僕はただひたすらに絶望した。彼女のような笑顔を浮かべられぬ自分に。


感情って理屈ほど便利じゃない。すごく制御が難しい。というか、きっと厳密に言えば制御なんて出来ない。しかし、蓋は簡単に閉じられる。正論という名の蓋を。

一度感情の渦に巻き込まれると、そこから自力で這い上がる事は非常に困難だ。悲しみは突如として襲いかかってくるし、僕はそれに対して為す術を全くと言っていいほど持ち合わせていない。僕に出来ることといえば、感情の濁流が一刻も早く消え去るのをひたすら祈るくらいなものだ。

僕がこういった類の嫉妬に駆られるときでも、他者への憎しみへと奔ることがないのは恐らく、その憎しみの持つ暴力性に無意識的に恐れているからだと思う。絶望を抱え込むのはとてもしんどいけど、だからといって暴力的な性質を内包した憎悪という感情を他者へ向けるのには躊躇する。僕は傷つけられたんだと叫びたい衝動が時折僕を突き動かすけど、傷つけることに必要以上に過敏な僕がそれを押しとどめる。怒りに駆られたときでも僕はいつも沈黙を守る。でも中は決して空っぽではないんだよ。おどろおどろしいヘドロのような憎悪が僕の中を渦巻いている。

嫉妬や憎悪、絶望。これらの負の感情が無くなればいいのにと何度思ったことか。でも、こういった感情と喜びとか幸せといった感情はコインの裏表のような関係で、どちらか片方だけ消し去ることは出来ないのだろうなと割り切っている。

感情の一切無い世界というのは意外に住み心地が良いかもしれない。けれどそういう世界はモノクロ画像のようにどこか味気ないものだろうな、とも思う。

僕は彼女のような笑顔を浮かべるようなことは出来ないのかもしれないけど、好きな歌を唄ったあとの高揚感や、こうして文章を書く楽しみ、仕事が終わったあとの風呂の気持ちよさ、味の染み入ったおでんの大根に舌鼓を打つことなどで、とりあえずは満足することにしようと思う。