ラプンツェル

気がつくと私は、塔の中にいました。
塔の中は決して狭すぎるということはありませんでしたけれども、なんと言うか空気が澱んでいてとても居心地の悪いものだった、そう思えるのは塔を抜け出してのことでした。
 ですが、私にとってはこれが初めて与えられた場所であり、つまるところ生きるということはこの狭苦しくて息の詰まりそうな部屋で唯滔々と時を重ねることなのだと私は信じて疑いませんでした。

 私が生まれてからずっと大きくなるまで、おばあさんが時々私の塔までやってきては、私を世話してくれました。
 寒い日には風邪を引かないように毛布を与えてくれましたし、暑い日には冷たい飲み物を持ってきてくれました。
おばあさんは私が寂しがるのを見て、いつも仕方ないね、といった感じの事を言って辟易している風を装っては、出来るだけ長くそばにいてくれました。おばあさんは時々そういう偽悪的な振る舞いをすることがよくあったのです。
でも本当のおばあさんはとても優しくて、いつもおばあさんと話していると、なんだか全身にとても心地の良いお日様の光を浴びるような、むず痒いような照れくさくなるような気持ちになるのでした。

 おばあさんは魔女と呼ばれているそうです。それを知ったのはかなり大きくなってからのことでした。
 ある日、いつものように塔を昇ってきてお話していたおばあさんは、愚痴をこぼすようにそうもらしていました。その表情はかなり疲れているように見えて、私はおばあさんが魔女であったという驚きより、疲労を浮かべた表情をしているおばあさんを心配する気持ちのほうが大きかったように思えます。
おばあさんはまた、大変に博識な人でした。
私は分からないことがあれば何でもおばあさんに尋ねましたし、おばあさんがそれに答えられないという事は今まで一度もありませんでした。私は世界の成り立ちというものをおばあさんを通じて学んできました。
それは普通の人の考えているそれとはちょっと違ったかもしれませんが、でも私にとってはとても面白いものだったのです。

おばあさんは度々辺りにある野草を使ってお薬を作ったりして人々の役に立ち、それに対して幾ばくかの代金を頂き生活を成り立たせていました。
私は幼い頃とても病弱で、まんまるのお月様が満ち欠けして再びまんまるになるまでの間に、だいたい四、五回はなんらかの病気にかかっていたほどでした。
その度に私はおばあさんのお薬のお世話になっていました。おばあさんは私の症状にぴったり効果覿面のお薬を作って、子供心にも本当に不思議に思っていました。私は幼い頃
、大きくなったらおばあさんのようなお薬を作れる人になりたいと常々思っていました。
今となってから言える事なのですが、恐らく私はもしおばあさんに引き取られていなかったら、決して長くは生きられなかったと思うのです。

申し遅れましたが私はおばあさんの子供ではありませんでした。私は近くに住んでいる夫婦の娘だったそうです。
私は詳しいことは分からないのですが、生まれる前におばあさんその夫婦の間で何らかのやり取りがあり、こうしておばあさんに引き取られて塔の中で育てられるようになったのです。
私は今になっても両親の事はわかりません。本当のところをいうと、両親のことを知りたいと思ったことは否定できませんが、そうすると何だかおばあさんに申し訳のないような気持ちになったのです。
ですから私は今まで両親の事を調べたことは無いですし、恐らくこれからも両親の事を調べることは無いと思うのです。

そのようにして育てられて、私はようやく少女と呼ばれる年頃になりました。
私のいる塔の中には鏡がありませんでした。実は外に出るまで鏡というものを全く知らなかったのです。
折に触れておばあさんは私のことを美人だと褒めてくれたのですけど、美人というものがどういうことかよく分からなかったので、おばあさんに尋ねたことがあります。
そのときおばあさんは、余り知らない方がいいと、答えました。どうしてなのかと尋ねると、美人であることは必ずしも幸せになることではないからと答えてくれました。よく分からないのでじっと考え込んでいると、おばあさんがたまりかねたようにこう答えてくれました。
「いいかい、よくお聞き。美人であるって言うことは結構気持ちのいいものだよ、確かに。私も若い頃は美人だって褒められたものさ。でもね、そう言われていい気になるのも最初のうちだけさ。よくよくそういって褒めてくれた人のことを思い返す度、本当に私のことを見てくれたか疑問に思うんだよ。見えない部分を見るってのも奇妙な話なんだけどね、そういう外見に囚われない内面を見てくれる人っていうのはなかなかいないものさ。
お前には私の言ってることはまだ分からないかもしれないけどね、これだけはよく覚えておくんだよ。お前はこれからもしかしたら外を出ることがあるかもしれない。お前はそこで幾多の羨望のまなざしや、千の求愛の言葉を受ける事になるかもしれない。でもそれが本当にお前自身に向けられているものか、よく考えるんだ。そうしないとお前のような無垢な子はコロリと騙されてしまうからね。分かったかい」
私はとりあえず分かったふりをしたけれども、その言葉を本当に理解するのにはずいぶんと長い歳月が必要でした。

私は順調にすくすくと育ち、もうすぐ結婚できるほどの年齢にさしかかりました。けれどもおばあさんは私を決して外に出そうとはしませんでした。
私が外に出たいといったのは何も今回が初めてではありません。いつもそういった事を言うたびにおばあさんは外は怖い、恐ろしい世界であるといった類の話をたくさん聞かせてくれました。
そういった話を聞くたびに私は背筋を震え上がらせて、夜中にベッドから抜け出す事も怖くなったものです。
私はそういう話を幾度と無く聞いて、おばあさんの言いつけどおり決して外に出ようとはしなくなりました。
外へ出ずとも塔の中には暖かいベッドと、美味しい食べ物、外から見える綺麗な風景、それにおばあさんと過ごす何よりも楽しいひと時がありました。
私はそれを手放してまで外に出ようだなんて決して考えはしなかったのです。

ある夜の日のことです。私は寝つけないので、窓から顔を出しては退屈しのぎに歌を歌っていました。
私は歌を歌うのが大好きでした。
こうして夜中に誰も人影が見えないなかで歌を歌うと、何だか森が歌を聴いてくれているようなそんな安心感に包まれるのです。何も言わずに穏やかに、静かに聴いてくれる存在はなによりもありがたいことでした。
私は喉を震わせて歌を歌っていると、歌声とともに私の様々な思いが喉から出てくるような感覚がして、とても気持ちよかったのです。
でも人が外から見ている昼間に歌うと、とても注目を集めることがあって、それがちょっと怖くもありましたし、おばあさんにも叱られることになったので、お日様の出ている間に歌うことはありませんでした。
時折自分の歌が大地にこだますることがあって、それを聞くのも大好きでした。
そうして度々木々や森に歌いかけていたのですが、その日はそれ以外にもお客さんがいたようです。といってもそのことを知るのはまだちょっと先でした。

 私はいつもおばあさんが塔にやってくるときに、塔の窓から髪を下ろしてそれを伝って登ってもらうようにしていました。
私の髪は大変長く、それこそ本当にあの高い塔の上から地面まで届くほどだったのです。
おばあさんはいつも塔に登ってくるのに苦労しているようでした。なにしろこの塔には、窓が一つしかなく、私の部屋まで続く階段のようなものも見当たらないですし、かといって梯子すらなかったのです。
ですからおばあさんは毎回必死になって塔を登ってきました。
ある時たまりかねて私が窓から髪をたらしたのです。おばあさんは最初私の髪を蔦って登るのに躊躇していましたが、私がどうしてもと言って聞きませんでしたので、いつものようなたまりかねた表情を浮かべて了承してくれました。
それ以来おばあさんは塔を登ってくるとき、決まってこう言いました。
ラプンツェルや!ラプンツェルや!お前の頭髪を下げておくれ!」
これは一種の符丁のようなものでした。この言葉が塔の外から聞こえる度に、私は嬉々として自分の髪を窓から垂らしたものです。

あの歌を歌った日から数日後の夜のことです。お月様が良く見える夜にまどろみかけていた頃、突然外から声が聞こえました。
ラプンツェルや!ラプンツェルや!お前の頭髪を下げておくれ!」
いつもとは声の調子が違いました。それは何だか、時々外から聞こえてくる道を行き来している男の人のような声でした。
でも私はさして気にしませんでした。時々おばあさんはそういう悪戯をするお茶目なところがあったからです。
私はいつものように頭髪を外へ垂らしました。それを伝って人影が私のところまでやってきました。ようやく私の部屋まで登ってきましたので、いつものように話しかけようとして、そこでようやく気がつきました。
塔の窓際に立っていたのは若く、綺麗な男の方でした。黄金の髪に、青の瞳を供えたその男の人は、神秘的で神様の授かり物のようにみえました。
私は本当にびっくりして、気を失いそうになりました。何か悪い夢を見ているのではないかとさえ思ったのです。
実はこのとき生まれて初めて男の方というのを間近で見たのです。
おばあさんからはよく、男というのは不潔で、粗野で、野蛮で恐ろしい生き物だと聞かされていましたので、初めてその男の人と対面したときは本当に恐怖で身がすくむ思いでした。


私があからさまに怯えているのを見て、男の人は安心するように言いました。男の人は自分が王子だと名乗りました。
彼は旅の途中、ちょうどこの近くに立ち寄っていたそうです。そこで数日前に、私の住んでいる塔の上から歌が聴こえたと仰っていました。
私はそれを聞いて大変恥ずかしい気分になりました。私は人に聞かせるために歌を歌っているわけではありませんでしたし、いつもおばあさんには下手くそだと悪態をつかれていたからです。
そのようなことを王子様に申し上げると、そんなことはないと彼は仰いました。
「実は貴方の歌が大変に綺麗で素晴らしく、いったいどんな方が歌っているのか気になって仕方が無かったのです。そこで数日塔を見ていたら貴方が老婆を塔にまで招いているのを見て、私も貴方を一目拝見したいと思った次第です。でもまさかこのような美貌の持ち主だとは露ほどにも思いませんでした。私は貴方のような美貌の持ち主には今まで一度も出会ったことがありません。もしよければの話ですが、これからも貴方様の所にお訪ねしてもよろしいでしょうか」
私は今が夜でよかったと心から思いました。
というのも、自分でもはっきりと分かるくらいに頬が熱くなっているのを感じ取れたからです。
この王子様がそれほどおばあさんの言っているような残忍な方には見えませんでしたし、私は彼の申し出を了承しました。
こうして私たちは夜の密会を重ねるようになったのです。

こうして深夜に王子様と会ってお話している時間はとても貴重なものでした。王子様は私の知らない世界をずいぶん良くご存知で、彼の話す外の世界は大変素敵なものに見えて来たのです。
でも時々おばあさんの言っている事と、王子様の言っていることが食い違っていることがありました。
私はどちらかが嘘を付いているのではと思って、両方に嘘を付いていないかそれとなく伺ってみたのですが、あからさまに嘘を付いている様子は二人ともありません。
私はますます混乱してきました。どちらが正しいことを言っているのか確かめる為には、私自身が外の世界に足を踏み入れるしかありませんでした。
私はこのとき本格的に外へ出ることを考えはじめました。

王子様と出会ってしばらくしてのことです。私はいつになく真剣な表情で外に出してもらえないかおばあさんに尋ねました。
おばあさんの答えはそっけないものでした。私がまだ外に出るには早すぎる、と言って、時期が来たら外に出してあげるから我慢しなさいと私に言い聞かせました。
私は食い下がりました。何故駄目なのか、何が足りないというのか、私には全く理解ができないと。
おばあさんは頑として譲りません。お前には知らない事が多すぎると。お前はこのまま外に出たら絶対に傷つき、後悔する事になるだろうと。
その日の話し合いは最後まで平行線でした。
私はとても悲しかったことを覚えています。
 どうして分かってくれないのか。おばあさんだから私のことを背中を押して応援してくれると信じていたのに、裏切られた気分でした。私はその頃から涙を流すことが多くなりました。

王子様との密会はその後も続きました。彼の話を聞くたびに私は外の世界に出たいという気持ちを強くしていきました。
また彼は会うたびに一緒に出ようと言ってくれました。私はその申し出に感謝していましたが、それを真剣に受け取り、二人で外に出ることに関しては難渋していました。
私は多分おばあさんに笑顔で見送って欲しかったのだと思います。
実際おばあさんはこのこと以外に関しては本当に上手くしてくれましたし、それを裏切るような真似だけは避けたかったのです。
でも外への思いは日に日に募ります。
私は昼も夜も窓の外に顔を出して、風を頬に受けながら思索を重ねる事が多くなりました。
風は容赦なく私を体を吹きつけ、まるで私を外の世界に誘うかのようにあざ笑っては去って行きます。
私も風になれたら、どんなにいいだろうにと思いました。あの風のように、ただ流れに身を任せて、どこまでもどこまでも知らない場所まで旅を続けるのです。
でも私は風ではありません。そのように我に返っては頬から涙が伝うと、それすらも風は奪い去ってしまいました。

相変わらず王子様とは密会を重ねていましたし、おばあさんとは平行線でした。私は日に日に王子様に心惹かれていくのを感じました。王子様は何かと私のことを慕ってくれていました。
彼は私の髪が真珠のような輝きを保っていることや、手がとても小さくて愛らしい形をしていること、肌がとても肌理細やかであることや、透き通るような白い肌をもっていること、瑞々しい花のような香りがすることをとても褒めてくださいました。
私も彼の柳のように穏やかな態度に心許すようになっていて、彼には何もかもを包み隠さず話していました。
私が彼に話しかけるとき、彼はただ黙って私の話を聞いてくれました。次第に私は昼も夜も王子様のことばかりを考えるようになってきました。

私はある夜に求婚をされました。
彼はただ簡潔に、妻になって欲しいといってくれました。
その時の気持ちは忘れません。嬉しさの余り今どこにいるのかも忘れてしまうほどに舞い上がって真っ白になり、本当に天に召されるのではないかと心配するほどでした。
そしてその時、私はこの塔から抜け出すことを決意するのです。あまりあからさまに抜け出すのは避けたいので、用意周到に事を運びたいと王子様に告げました。
そして全ては上手くいくと思っていました。実際それは本当に順調にいっていたのです。

きっかけは私の不用意な一言でした。軽くおばあさんをからかうつもりで、王子様の事を口に出してしまったのです。
その時のおばあさんの表情は世にも恐ろしい憤怒の表情を浮かべていました。私はそのときようやく、とんでも無いことをしてしまったのだと自覚しました。
おばあさんは私の自慢の長い髪を切ってしまいました。
私はショックの余り王子様のことで謝りもせず、開き直っていつものようにおばあさんを責めました。この口論は今までで一番長かったように思えます。
「ねえ、おばあさん、分かっていただけるでしょう、私はずっと外に出たかったんです。私は今まで本当に一度たりとも外へ出たことがないんですよ。私は川のせせらぎの音がどんなものかも知らないし、海がどれだけ大きいかも知りません。 薔薇という花も見たことが無いし、熊も見たことがないんですよ。
本当に私は何も知らない。確かにそうです。ですが私は何も知らないまま終わるようなことだけは絶対に嫌なんです。このままではまるで暗闇の洞窟の中で一人、灯りも持たずに暮らしているようなものです。私は光がないと生きていけないんです。光が無いと闇の中に飲み込まれて、一生そこから這い上がることは出来ないんです。どうして分かってくれないんですか」
私は涙ながらに必死に外へ出たいと訴えていました。そしておばあさんを沢山罵ってしまいました。
その時のおばあさんの悲しそうな顔は今でも脳裏に浮かびます。おばあさんはもう出て行けと言いました。
「もういい、わかったよ、出てお行き。私はいままでお前を娘のように大切に育ててあげてやったのに恩を仇で返すような真似をするんだね。全くたいしたもんだよ、お前は。頼むから私の目に留まらないような遠くに行っておくれ。そこで野垂れ死のうが私の知ったことではないさ。外に出たらお前さんはこれから色々な事を知るだろうさ。でもそれは決していいことばかりではないんだよ。物事にはいいことと悪いことの両面がコインのように隣合わせになっているのさ。お前は色々知るにつれていろいろと抱えなくてはならなくなるんだよ、いいかい、これは本当に辛いことなんだ。できればお前には幸せになってもらいたかったけれど、お前は結局最後まで分かってくれなかったようだね」

私は塔を出て行きました。せめてもの償いに、私は本当におばあさんの目につかないような遠い遠いところまで行きました。
私は遂に砂漠までたどり着きました。ここは地の果てのような酷いところでした。暖かいベッドも、美味しい食べ物も、綺麗な風景もありませんでした。当然ながらおばあさんもいませんでした。
私はこの酷い砂漠の中で、ひたすら生きることだけを考えていました。それはおばあさんの言うように本当に辛いものでした。
私は生き延びることを考えながらおばあさんの事や王子様のことをひたすら考えていました。
王子様はおばあさんに手ひどくやられているのではないかと心配でした。ですが私には何も出来なかったのです。
塔を出なければよかったとも考えましたが、もう引き返すことは出来ません。そうして数年の月日が経ちました。

ある日のことです。私はいつものように砂漠を放浪していました。そして私は遠くに人影を認めました。
その人影が近づいてきて、やがて何者であるかがはっきり分かるようになりました。
私は最初、この目に映ったものが信じられませんでした。でもそれは確かに王子様でした。
私は彼の姿を認めるとすぐに彼に向かって走って行きました。そして涙を流しながら力強く彼の頸を抱きしめました。ごつごつしてほっそりとした感触でしたが、まぎれもない王子様の感触でした。
王子様は酷く憔悴していて、足元もおぼつかず、しかも盲になっていました。私はそのことに気づくと酷く悲しみ、涙を流しました。
すると、本当に信じられないことですが、王子様の目が見えるようになったのです。
私は歓喜の余り再び王子様を強く、強く抱きしめていました。

私は酷く気力と体力を消耗していた王子様を介抱しながら二人で王子様の国を探し、やっとのことで辿り着きました。
最初、私たちが何者であるのかすら分かって頂けませんでしたが、王子様の説明によりようやく私たちは何者であるか明らかにされると、国は私たちを総出で出迎えてくれました。
そして彼は正式に私に求婚しました。そして私はそれを受け入れました。国中でその婚姻は祝われました。
そうして私はお城で暮らすこととなったのです。それはとても幸せなことのように思えました。

おばあさんの事は結局今になっても分かりません。私は今では夫となった王子様に幾度と無くおばあさんの事を聞いたのですが、彼は決してその事を話そうとしませんでした。
何か後ろめたい事をした、というよりは、それはまるで戦地に赴いた事のある兵士が、昔の事を思い出すような目でした。
私はそれ以来その事について触れておりません。

私はあの日飛び出してしまった事について、今でも果たして正しかったのか本当に判断がつかないのです。
おばあさんを結果的にないがしろにしてしまった事には罪悪感を感じております。
そして外に出た事により多くの事を学びました。とても外の世界は広く、私の知らない沢山の事がありました。それは決して塔の中では分からない事でした。
確かに私は望みどおりの結果を手に入れたと言えるのかもしれません。ですが、私はこの手に入れたものの扱い方を存じませんでした。

宮廷はおばあさんが昔私に語ってくれた世界そのものでした。
人々は表面上は穏やかな風を取り繕っていましたが人々はみな自分の利害で動いておりました。
周りの方は私の事を上っ面でしか見ようとしません。私はまるで人形のように扱われました。私に意思は必要ありませんでした。
私には沢山お話したいことがあるのです。私にはもっとやりたいことが沢山あるのです。しかしそれは人形には無用のものでした。
私はただお行儀よく、椅子の上に可愛らしく座り待つことしか出来ませんでした。
人々が私を見るとき、まるで天使のようだと口々に言いました。
私はそれを聞いて内心ほくそ笑んでいた面もありました。実際は私はとても上手くやっていたからです。しかしそのように振舞うことが私にとって正しいことなのか、それについてはわかりませんでした。
 人は私を見て十人十色の物語を描いていました。ですがその中にあるものはどれも見当違いでした。人は見たいものしか見ようとしないのです。
私は確かに外の世界に出ました。ですが、私は時々、この宮廷があの塔のように思えてくることがあるのです。
ここは全てのものが煌びやかで、豪華で、人々は思わず目をそむけてしまうほどの輝かしさを持ち合わせていましたが、その一方で何だか息苦しくて空気が澱んでいるように思えるのです。

私は今でも時々、夜中に歌を歌います。あの塔の窓辺で歌ったように。私の中にある、言葉では言い表せぬものを空に放つかのように、喉を震わせて歌います。
そしてそれを聴いた人々は私について色々な思いを馳せるでしょう。
そのような思いとは関係なく、私は歌を歌い続けます。私の中の暗く、奥深いところから搾り出されるような歌は、それが一切私の中から消えてなくなるまでいつまでもこの虚空へと響くことでしょう。それはいつ終わるのでしょうか。
私には分からないのです。(終)

(追記)ちょっと思うところがあって、ラストを変えました。こっちの方がしっくりくるので。