部屋と夏と僕

 じりじりとにじり寄って迫ってくる夏に辟易としながら、外に出ることなく鬱屈した思いを抱えてひたすらPCに向き合い文章を打ち込む。部屋はとても狭く感じられる。三分の一ぐらいの表面積をベッドが占め、そしてそれに次ぎ、細々とした家具、冷蔵庫や、ゴミ箱。全ては整然というには遠く、ただひたすら、そこに存在する。赤と白を基調としたシンプルなコントラストの外装は、とてもセンスがあるけど、寂しさを何故か彷彿とさせる。生活臭はかなりあるにも関わらず、どこか人間の息遣いを感じさせない空間。周りから人が話をする声や、工事の音、タイムリミットのある蝉の鳴き声や、どこからとなく聴こえる鳥の鳴き声、そういった全ての音はこの空間が間違いなく現実のどこかに存在するという事実を確認させてくれるけど、それ以上のことは決してしてくれない。そうした諸所の音とこの部屋との間には、どうしようもない壁が備わっていて、この空間が隔絶されているという事実を意識せざるを得られなくなる。恐ろしく業の深い部屋なんじゃないか、そんな事を考える。そんな無機質さにどうにも耐えられなくなったとき、僕はヘッドフォンを付けて、音楽をかける。音楽は脱出手段だ。この部屋とどこかを繋ぐ、鍵のような役割を果たしているのかもしれない。