Twitterを再開。

最近なかなか起きるのが遅い。頭を鷲掴みにして離さないような強烈な眠気に連日襲われて、結局二度寝入りすることもしばしば。それでもそのまま2,3時間ひたすら昏々と眠り続けていた時期に比べると幾分マシになった。振り返ってみても相当人間らしい生活を送ってるように思える。まあこれは、人間らしい、というものの定義にもよるのだけれども。いつまでも怠惰に任せた自堕落な生活を送っていると、晩年ロクな目にあわないぞ、なんて自分を脅しつつ、まっとうな人間としての生活に切り替えようと日々邁進中。とはいえそう簡単に人は変わるわけでもなく、前言とはまったく行動が伴ってないことの証左として挙げるとするなら、最近はTwitterを再開した、いやしてしまった。言い訳として果たして適切かはさておき、これはひとえにTomblooクロスポストできるようになったというのが大きい。Tumblrにもクロスポストしておけば後から自分の発言をタグから追跡できるので、これなら遠慮なく使えるな、というのが自分の中での再開のきっかけになったわけで。どうやら日々ブックマークばっかりしてるうちに脳みそがタグ脳になってしまったようだ、やれやれ。



一時期は敬遠していた、というかその効用がイマイチ掴めなかったのだけれども、最近同時にTwitterStreamというサービスを使い始めて、その真価というのを体感し始めた。TwitterStreamというのは結構前からあって、Ajaxを駆使してリアルタイムに自分のタイムラインの発言をポップアップしてくれるサービスなんだけど、これをブラウザのサイドバーに設置して、気が向いた時に眺めているだけでもなかなか面白い。次々と流れてくる発言を追うだけでも結構安心感がある。その発言ひとつひとつを見ると何でもないのだけれど、その発言の裏側に目を凝らせば、綿々と連なった人々の営みのようなものが感じられて、なんだか心底ほっとする。最近無差別にFollowした甲斐もあって、上から順に読んでいくと、矢鱈取り留めのない、脈絡のない文脈を追ってるような錯覚に囚われるのだけれども、まあ人間ってそういうものだよな、だから面白いんだよな、なんて一人で納得したりして。だからといって積極的に打ち解けあうわけでもなく、まるで繁盛しているバーで遠目から人が騒いでいるのを、端っこからのんびりと酒を嗜みつつt見つめているような、妙に近づきがたい傍観者に近い感覚。この感覚も、もしかしたら自分の内面の変化に伴って変化して、また自分とTwitterの付き合い方が変わってくるのかもしれない。けれどもとりあえず、眺めるだけ。とりあえず、今は。

「あたし彼女」が熱いらしいので

http://nkst.jp/vote2/novel.php?page=1&auther=20080001

「あたし彼女」現代語訳 - 藤棚の上
最近ケータイ小説が熱いらしいので、俺も便乗してみることにしました。という事で一章だけ現代語訳してみたぜ!*1

第1章

アタシはアキ。歳、23。もうすぐ24になっちゃう。え、彼氏?そうね、まぁ、いるよ?当たり前じゃん(笑)普通に考えてさ、このアタシにそーいう彼氏とかいない方がおかしいって。そんなのいて当たり前。私にとっては空気を吸うよりも自然。というより、こういえばいいのかな?アタシが付き合ってあげてる、みたいな。これ聞いてムカついてるかもしれないけど、それが普通なんだもん、しょうがないよね(笑)

もう付き合ってあげて、えっと、たしか5ヶ月かな。彼氏の名前?トモだよ。歳?えっと、31歳。・・・たしか。自信はないけど。顔は、うーん、そうだね、普通だと思う。それといって特徴の無い顔。まあ悪くないと思うよ。そうね、敢えて何か特徴があるなら、目かな。人よりデカイかな?トモの性格?まぁ普通だね。ねえ、だって考えてみてよ。仮にもアタシだよ、アタシの彼氏なわけじゃん?アタシだって誰だってイイワケないじゃん。なのに変なわけって、ありえないし、みたいな。

彼女はそう自嘲気味に彼の事を語り始めた。突き抜けそうな空虚な目で、アタシ、こんなんですけど、と。

アタシ、もちろん前にも彼氏はいたんだけど、何て言うの?飽きちゃったんだよね、端的に言うと。つまんないのよ。んで、まあいつものように乗り換えちゃった。だってつまんないものいつまでも持ってたって仕方ないでしょ?子供だって玩具は飽きたら捨てちゃうでしょ?そんなもんだって。トモに出会って、乗り換える事には躊躇なかったよ?だって、少なくとも前彼より顔はいいし、金は持ってたしね。なにより、セックスは前より、相性いいし。こいつの方が、私にとって相応しいっていうの?まぁ、アタシにしたら、当たり前の男、みたいな?

そう語る彼女は誰よりも自信を持ってそうに、見えた。すくなくとも外面上は。

てか、アタシ、彼氏いたことって、あんま、つうかほとんどないしね。ネイルの手入れしたり、つけまつげしたり、ケータイをデコレートするくらいには、ほんと、当たり前みたいな?初めて男ができたのは、確か中学のころだったかな?その頃から今まで、男尽きたこと、ないし。ほっといても向こうから蜂蜜に群がるアリみたいに寄ってくるんだよね。別に、アタシから誘ってる訳じゃないし。てかなんでそんな事する必要があるの、って逆に疑問だよね。男ってさ、アタシみたいに顔が良くて、スタイルが良かったら、ほんとお前ら磁石かよって思うくらいくっついてくるんだよね。なんだか忠犬みたいに尻尾振ってさ、毎日毎日アタシにご機嫌取り。ほんと笑えるでしょ?

まぁ、気持ちもわかるけど、そう呟きながら、男をまるでモルモットのように語るアキは、のっぺりとした笑顔を浮かべていた。

今の彼氏だってね、アタシが、ちょっと悩ましげな顔して、前の彼氏、なんか冷たくてとか言っただけでさ、もうコロッと落ちちゃったのよ。凄いハイテンションで、俺ならそんな思いさせない、だって。ほんと爆笑だよ。みんな図ったように同じ事言うんだよ?もしかして、学校の授業のカリキュラムとかに組まれてるのかな?男子だけの、例えば保険体育とかの時間に、正しい交際の仕方とかがあって、先公がクソ真面目にこういう風に言いましょう、みたいな?

アキはさも面白そうにそう語ると、一転侮蔑するような表情で突き放すように、バカみたいと言った。

だからさ、アタシがあくまでもイニシアチブを取る、みたいな?そんなワケだから、今までフラレたこと?そんなのあるわけないしって感じだよね。そんなのバカみてーだし。このアタシが。でさ、トモは、欲しいものがあったら何でも、文句言わずにATMになってくれるし、食べたいものがあったら、ちゃんとアタシに食べさせてくれるし。アタシがしたい時にはアタシに入れてくれるし。ほんと、すっごい楽。アタシは何もする必要がないんだよね。ちょっと可愛い顔して甘えてやるだけで、これだもん。まあ、男が必死になるのも分かるよ?だってアタシみたいないい女、ほっといたら、他の男にもってかれるし?実際逃げちゃうし、乗り換える気、マンマンだしね。おい、頑張れよ、頑張らないと、逃げちゃうよ、みたいな。どれを選ぶかなんて、どれ選んでも同じなんだから、少しでもアタシにイイ思いさせてくれる男に靡くのが当たり前だし。アタシにはこれが普通だと信じて疑わなかったね。

そういうアキの目は、どこか友達に自慢するような、上ずった口調だったが、その表情は、通勤帰りのサラリーマンのように、どこか諦めたような、疲れたような表情だった。

仕事はどうしてるかって?あぁ、トモと付き合い初めてから、辞めた。てかダルイ。働く意味なんてないよね。ほら、アタシが稼がなくても、トモが稼いできてくれるわけじゃん、馬車馬のようにさ。別に私は、バリバリのキャリアウーマンになって上を目指すとか、そんなつもりは毛頭ないし。てか論外じゃん?やりたい奴は勝手にやってろって鼻で笑いたくならない?何でそんなことしなきゃならないのって逆に言いたいよね。そんなのダルイだけじゃん。好き好んで誰がやるかっつーの。アタシみたいな女なら、むしろアタシの為に男が頑張ってくださ〜いって稼がせるのが普通、みたいな。頑張ったらご褒美あげるからさ、って感じだよね。

自由人のような口ぶり。私はこんなに幸せなんだと必死に主張しているみたいに。裏腹にその言葉にはどうしようもなく薄っぺらさが付きまとうけれど。アキは続ける。

友達?まぁ、普通にいるよ?何だかそれがブームみたいに、最近やたらと結婚してくけど、マジで早いっつーの。いくらなんでも早すぎるって思わない?だって 23だよ?お前ら生き急ぎすぎだろって言いたくなる。そんな歳で人生決めちゃってどーすんだっていう。人生まだ長いのに、そこで一人の男に決めたら、絶対に飽きちゃうじゃん。お前ら10代の頃忘れたのかよって。あの頃はさ、バカみたいに死ぬまでセックスしまくり〜とか、男100人切り競争とかして争ってたのにさ。20歳越えると、なんだかアタシの周りのみんな、まるで憑き物が落ちたみたいにつまらなくなって、真面目腐って。そこらへんのフツーの女みたいに、メスの表情浮かべてダーリン一途〜とか言っちゃってさ。そんな普通に無理だし。

アキは苛立ちを隠そうともしなかった。でもその背中は、まるで隠れん坊でいつまでも隠れているうちに、他の皆が帰ってしまって、夜になってしまった時のような寂しさを抱えていた。

一途とか、普通に考えてある訳ないじゃん、みたいな。そんなの嘘じゃん。一人の人を一生、愛しつづけるなんてさ。アタシには絶対無理だっつ〜の。小さい頃見ていたテレビとかドラマとかでは、当たり前みたいに愛は永遠とかやってたけどさ、世の中ちょっと見てみなって。浮気、不倫、世間の常識。全部嘘じゃん。何御伽噺信じてるのって言いたくなっちゃう。浮気したこと無い奴とか言う奴いるけどさ、普通に嘘だろバ〜カって思っちゃうし。今一途でもさ、どこかで別に気になる奴ができた時点で、はいそれ嘘決定、みたいな。どう考えても嘘なんだから、だったら最初からそんな事言うなよって話になるじゃん。

悟り切ったかのような表情を浮かべるアキ。怒っているようで悲しげな表情を浮かべて続ける。

でも、気付けばトモとは比較的もってる方かも。いつもアタシって大体2、3ヶ月持てばいい方なんだよね。でも、一人いたな、一年続いた男。そいつ、笑えるほど超鈍感なの。浮気しまくりなのに、どうして気付かないんだろっ、ほんとに目付いてるのかなって位マジで気付かないんだよね。ソイツと付き合っている間に、百人切りパーティー開いたし。その開催資金も、ソイツからパクった金で開いたんだけど、超楽しかったわ〜。キチガイかって言うほど楽しんだ。あの頃に戻りたい、なんて言ってみるけど、あの頃から何もアタシは変わってない。変わる気もないし。このカーニバルを死ぬまで楽しんでやるってマジに思ってるの、悪い?

悪びれている風は微塵もない。まるで茫漠と横たわる砂漠のような未来を、退廃的なサーカスで埋め尽くしてやるという風な挑発的かつ野心的な目で。

子供は、二回できたかな。まあ、いわゆる失敗って奴だよね。はっきりいって、勝手にできんなってつ〜の。セックスは気持ちよくなりたいから、アタシゴムは嫌いなんだよね。チンコも生が一番に決まってるじゃん。ビールと同じでさ。できちゃってもまあ、金持ってる奴にせびれば全く問題無いから。何だかトンでもない事が起きちゃった、みたいな表情を被って、涙目になりながら、できちゃったの、なんて言うだけで、まるで本当に大惨事になったかのように慌てふためいて金かき集めてくれるからね。しかもそんなにいらないのに慰謝料込みで、数十万のボーナス、みたいな。まあアタシも貧乏、孕ませた奴も貧乏だからオールオッケー、みたいな。ボロいよね。マジで罪悪感とか、塵のかけらほども感じないわけ。アタシにとっては単に必要でないものでしかなかった。むしろできた子供が悪いみたいな。生理とかもだるいし、なんでこんな風なんだろとしか思わなかった。台風とか一緒。迷惑で邪魔で以外の何者でもない。堕ろした後は出血も多いし、腹もアソコも痛いんだけど、これさえ乗りきれれば、またあの祭りみたいな日々が戻ってくる。アタシの時代、帰ってきたぜ、みたいな。

まぁ、過去の事なんてトモは何にも知らないんだよね。言う必要なんて、あるとも思わないし。そんなの言う必要なんてあるとは全然思えないし。お互いに干渉しようって気はないし、言う必要は別にないしね。もしかして、トモもアタシの事そんなに何とも思ってないんじゃないかな?それならそれでもいいんじゃないって思うし。あえてそこでなんとかしよう、なんて思わないし。どうせ別れるし、無駄だし。

ちなみにアタシは実家住まいなんだけどさ、おとんとおかんも色々口煩かったりするんだよね。いい加減子離れしろよって思っちゃう。なら一人暮らししろって思うかもしれないどさ、確かに気楽かもよ?でもアタシがワザワザ家事全般するとか、無いよね。昔は女が炊事洗濯当たり前って言ってたけど、正直言って古いんだよね。そんなのできるわけ無いじゃんって。出来ないもんは出来ない、みたいな。じゃあトモと同棲って話になるかもしれないけど、トモと一緒に住んだとしても、それじゃ遊べないじゃん。浮気も堂々と出来なくなるし、友達とカラオケとか、合コンとか、デートとかに忙しガールのアタシとしては、そんなの受け入れられないわけ。

ちょっと喋り疲れた風に一旦間をおいて、アキはこう纏めた。

大体アタシの性格わかった?まぁこんな感じなんだけどさ、けっこう今時の女って感じじゃない?見た感じ頭空っぽに見られるんだけどさ、実際空っぽですし、それが何か、みたいな。考える必要ないって思うんだよね。先の事なんて誰も分からないのに、今を糞が付くぐらい真面目に生きてて、明日死んだら、意味無しじゃん?だから、敢えて何も考え無いようにして、ひたすら今を楽しむことにしたの。

そうしてアキは独白を終えようとした。最後に、思いだしたように、別に誰にも迷惑かけてないし、みたいな、と誰かに言い訳するかのように付け加えて。

続きは

悪ノリなので続かない。まあ2章から俄然面白くなるので、原作読みましょうよ。Autopagerizeがあれば、恐らく一時間で読み終えられるぜ。
第二章から
最初から

*1:実際そんなに叩くほど悪くは無いと思うんですけどね

14歳の君へ。

プロローグ

もしこの文章を読んでる君が14歳だったら、まず最初に伝えたい事があるんだ。これはとても傲慢で自分勝手なのかもしれないけど、僕が君の歳のとき、こんな亊を言ってくれる大人が側に居たら、寄り道なんてすることはなかったかもと思って、今書いてるところなんだ。
君にはもの凄く一方的に移るかもしれないし、説教臭く聞こえるかもしれない。もしかするとピンと来ない話かもしれない。それでもどうか、最後まで読んでくれれば。

人を信頼するということ

まず、最初に告白しておくと、僕は未だに人が怖い。だから今でも人付き合いはどちらかというと苦手なんだけど、それでも僕は人を信頼している。
君には変に聞こえるかもしれないね。でもこれは僕の偽らざる本当の気持ちだ。でも反対に君は内心、周りの人間を小馬鹿にしているかもしれない。
もっとハッキリ言えば、周りの人間を見下しているのかもしれない。そして世の中は下らないなんて、本気で思っているかもしれない。
確かに、ある意味ではそうなのかもしれない。
お世辞にもこの世は素晴らしいことばかり、なんて言える自信は僕にはないし、保証なんてする気はサラサラない。その言葉はある意味では真実だ。
でもちょっとそこで結論付けてしまうのは待った方がいい。
僕が小さかった頃は、自分の行動範囲でしか周りを見ることができなかった。
小さい頃はせいぜい歩いて10分が行動範囲だったし、自転車を乗れる様になってからは大体町内とか市内が行動範囲。それ以外を知るとなると、テレビとかで受動的に知るしかなかった。
当然ながら、会う人、話を聞ける人も物理的な制約に制限されてた。
でも今はどうだい?今は違う。君はある意味では恵まれている。ネットがあるからね。世の中は全然下らなくなんかない。
例えば、はてなとか覗いてみたら、凄い記事とかゴロゴロ転がっているし、ニコ動とかでも凄い動画はたくさんある。他にも凄いものを作っている人はいっぱいいる。
これを見て、読んで、聴いて。それでもまだ人は下らないなんて言うつもりかい?
こういうのを作ってる奴らが何も聖人君子であるとか、そういう事を言いたいわけじゃない。違うんだ。君と同じなんだよ。かつては君と同じ14歳だったんだ。
知らない人をあまり無闇に信用しないというのは、果たしていいことなのかな?そんなに人間ってどうしようもない生き物ものなんだろうか?
これが簡単に答えられる類のものではないのは重々承知している。しかし何にせよ、まだ早急に結論付けるのはあまりに早すぎるんじゃないかな。
君はもっと人を信頼していいと思うんだ。中にはどうしようもない奴だっているかもしれないけど、それでも世界は凄い奴がゴロゴロ転がっている。

社会ってなんだろう

君は親父とかの働いている所を見たことがあるだろうか。僕は一度もない。
僕の知ってる親父は、朴訥で、やたら子煩悩で、休みの時は必ず息子を連れて登山に行くような人だった。けど僕は親父が具体的な仕事の話をしているのを聞いた事がないし、働いている姿も見たことが無い。
有りがちな話だけど、子供のころは社会を知ることが無かったんだと思う。
社会と言えばそれは例えば、新聞の中に書いてあるような事だけだった。他の大人達の働く話なんて、全く聞く機会もなかった。
そういう意味で、なるべくして良く言えば純真に、悪く言えば物を知らずに育ったのかもしれない。
これが果たして僕にとって良い事だったかと考えると、必ずしもそういうわけじゃないんだ。むしろ、もっと知っておけばよかったって。
大人の世界を知っておいて悪いことなんてない。君もいずれは大人の世界に身を置くことになるんだからね。
学校の中だけが全てじゃないんだ。当たり前じゃないか、って君は思うかもしれない。でもこの事は体感する必要があるんだ。
学校の世界は、数ある内の一つの世界に過ぎない。そこに居場所を確保しようとするのは、決して悪い事だとは言わない。でも、のめり込みすぎてもいけない。
抽象的な物言いをすれば、過剰適応となるだろうか。学生時代の友は一生の財産にもなりうる。でも学校だけで君の人生が終わるわけじゃないんだ。その後も広大な世界が君を待ち受けている。
その事を決して忘れてはいけない。怖がらせるようですまない。そんな先の事なんて考えたくもないって思うかもしれないね。
でも政治家みたいにそういう事を先送りにしておくと、碌な結果にならない。じゃあどうすればいいのかって君は思うに違いない。
実際学校と社会はあまりにも遠い。これは僕達大人の責任でもある。
でもそんな風に不平を言ったって仕方がない。とりあえず僕はネットで大人の世界を知る事をお勧めする。世の中には色々な人が居ることが分かると思う。
僕が子供の頃と違って、ほとんどの人が何らかの形でネットを使っているし、そこでは色々なコンテンツが作られている。
例えば君はサラリーマンなんてどれも変わらないって思ってるかもしれないけど、普通のサラリーマンだって千差万別だ。
とにかく数えきれない程の職業に従事している人が居て、又数えきれない程の生き方がある。ちょっと探せば、すぐにそういうのは見つかるはずだ。
是非そういうのに触れて欲しい。職業だけじゃない。世の中に起きている色んな問題に首を突っ込んでみようよ。知らない世界を知るっていうのは、想像以上に面白いことなんだ。
別に今から就職活動を始めるとか、社会参画するとか、そういうスケールの大きい話じゃないんだ。
ただ、君がそうして触れた生き方は、君が真剣に将来を考えるようになると、多分凄い助けになるだろうから。

言葉の持つ力

これは必ずしも必要ないのかもしれない。ある種の生き方には不要なのかもしれないけど、それでもやっぱりできれば、身につけて欲しいと思う。
君はもしかしたら、学校のテストでは高得点を取れるかもしれないし、それさえできれば問題無いって思ってるかもしれない。
それも大切だ、確かに。でもそれだけじゃ、自分の意見とかが言えない、そういう状態になってしまう。
自分の言葉を持つことは、大切な事だと思うんだ。極端な話、学校では、自分の言葉なんて持たなくても、やっていける。
でもそれは学校だけでの話だ。前にも言ったけど、学校の後にもそこに茫漠と人生って奴は横たわっているんだ。
そこでは自分の言葉が無ければ、自分がどんな人間か伝えるのに、苦労する。結構シビアな所なんだ。だから今の内に磨いておいた方がいい。
でも、どうすればいいかって言っても、自分の言葉というものはそんな直ぐに身につくものじゃない。長い研鑽の果てに身につくものだ。
こう聞くと何だかとても辛い事の様に思えるかもしれない。でも、そんなに複雑な事ではないんだ。これは今からの君の心がけの問題だ。
今から言う、二つの事に気をつければいい。それは、問いを立てて考えること。色んな言葉に触れる事。それだけだ。
何も難しいことじゃないけど、なかなかこれをしようとしない人って多いんだ。
中でも問いを立てる事は凄く大事だ。「どうしてこうなるんだ」と問いかけないと、自分の世界は広がらない。それを真摯に考える事だ。
中には考えても、なかなか自分の中に腑に落ちる答えが見つからない事だってあるかもしれない。でも、決してそこで歩みを止めちゃダメだ。
全ての問いに答えが見つかるなんて考えるのは馬鹿げている。学校のテストと違って、答えの見つからない事の方が多いんだから。それでも考えるのを止めないこと。
そうやって自分の中の問いを大切に扱う事。そして、色々な言葉に触れること。音楽でも、映画でも、漫画でも、本でも。そこに言葉は溢れている。
そこにある考えとか、思いとか、どんどん取り込む事だ。そういう事を続けていると、いつのまにか、自分の言葉で語る事ができるようになる。
これには時間がかかる、確かに。でもそうして自分の言葉を形作る事は、とっても愉しい事のはずだから。

自分の感覚を信じる事

ネットは広大だ。その意味を僕が肌を持って体感するのは、いわゆる普通のレールを踏み外して、ドロップアウトしてからの事。
それからPCに触れる時間も増えていったし、そういったブログに触れるのは必然だったのかもしれない。ともかくネットで色々な物に触れた。
そうして莫大な量の情報に触れる事で、自分の感覚とか、志向とかがどこに向いているのか、少しずつ分かってきたように思える。
必ずしも僕みたいなやり方で無くても構わないけど、そうして莫大な量の情報を得て、そうしてから、将来どうしようとか、これからどうすればいいのかなって考えるのも遅くないと思う。
君の周りの親が進学しろっていうのはそういう風に受け取って構わないと思う。決断は後回しにできるのなら、後回しにして、色んな事を知ろうとするのは、決して悪くない考えだと思う。
それから、面白そうっていう自分の感覚を決して見逃さない事。面白そうなんだけど、周りの目が気になって、中々やり始めるのを決められないかもしれないけど、自分の感覚の方がずっと大事。
誰々がどう言ってたからで自分のやる事を決めない事。自分はこれが面白いって思うから、これやってみるとかでいいんじゃないかな。とにかく、惰性に流されちゃダメだ。つまらないと思ったら止めてもいい。
真面目になりすぎなのもよくない。例えば好きな異性がやってたのを自分もやってみるとか、かっこ良さそうとか、モテそうなんて動機で何かを始めるというのでも全然構わない。フィーリングとかで決めちゃってもいいんだよ。そういう風に自分の感覚を大事にして、色んな事に触れてみるんだ。
当たり前だけど、14歳の君は二度と戻ってこない。ものごとを知らないって言うと、バカにされたりする事もあるかもしれないけど、決して悪い事ばかりじゃない。
そうした状態だと、初めて見る物事が全て鮮やかに見えるから。
そうして手に入れたものは、君が僕の歳になった頃には、大切な宝ものだと思えるようになっているはずだから。

終わりに

どうかな?伝わっただろうか?伝わっていたらいいなあ。僕だって大人として、上手くやっているというわけでは決してないけど。
それでも、時々考えるんだ。もっと上手くやれていたらって。
僕はあっちこっちぶつかって大人になっていったけど、そんな不器用にやっていくよりも、君には上手くやって欲しいって思うから。
素敵な14歳の夏を。

(追記)
第2版に差し替えた。

語りえぬもの

語りえぬものには沈黙しなければならない、そうウィトゲンシュタインは言った。僕はその意味の発するところを必ずしも正確に理解しているわけじゃないけれど、曖昧な、極めて日本的な理解ならしていると言ってもいいのかもしれない。
語りえない、描写のし難いものというのは、今でも数え切れない僕の足りない脳みその中に詰まっているのだけれども、それを上手い事表現したいと思ってるし、その為には無駄かもしれないけど、書き続けるしかないのかな、と思う。書くのは多少はマシになったんじゃないかと思う。少なくとも、10代の頃の自分には書けなかった、上手く言語化できなかったものも少しずつだけど、書けるようになっている。錯覚かもしれないけど、それでも書く技術、技能は磨いていきたいし、それでもっと色々自分の事を書けるんじゃないかと思う。
究極的に言えば、自分のために書いている。こういった類の書き物は絡まれにくいし、はてブも付きにくいことは経験的に分かっているから、一番の想定読者というと、やはり自分、ということになる。少なくとも自分が読み返して、こういう事を伝えたかったんだな、という事が分かるくらいには文章を書くのに熟達したいって考えてる。
それでも、多分書けないことってたぶんあるんじゃないかって思う。僕は書くことにかなりの信頼を置いているけれど、それでも決して万能なわけじゃない。恐らく、正確には伝わらない類のものって出てくると思う。
そこで諦めるよりは、正確に書くのは難しいことを確かめつつも、書くことによる、伝わらないもどかしさのようなものだけでも、分かることが出来たらなあ。足掻きかもしれないけど、滑稽に見えるかもしれないけど、それでも僕は書くことを諦めたくないんだ。

化粧

電車の中で、女の人が、化粧をしているときがあった。暑い時期だし大変なんだろうなと思うのだけど、内心どういう気持ちでやっているのだろうか、なんて思いを馳せることもあった。
やはり義務として、最低限のたしなみとしてしているのだろうか。一概に一括りにはし難いのだろうな。やはり色々な人がいるんだろう。その中には、多分恋する女の子もいて、認められたくて、さりげなく可愛いねって褒められたくて、やっているのだろうか。僕が名前も顔も知らぬ、誰かの為に。綺麗だねって、素敵だねって、そう言われる度に、嬉しくなって、もっと綺麗になりたい、もっと可愛いって言われたい、なんて思ったりするのかな。まるで僕みたいだな。自分の書いたものを、凄いね、素敵だねって言われたくて。そんな事を夢想しながら、ひたすら唯書き連ねる日々。ある意味では可愛くあることを強いられているのかもしれない。そして、響かないことに絶望するのかもしれない。それでも彼女は化粧をやめないのだろうか。多分やめないんだろう。そんな事を考えながら、つい電車の向かいで化粧をしている女の子を、とても可愛いな、なんて思いつつ見つめていたのでした。

部屋と夏と僕

 じりじりとにじり寄って迫ってくる夏に辟易としながら、外に出ることなく鬱屈した思いを抱えてひたすらPCに向き合い文章を打ち込む。部屋はとても狭く感じられる。三分の一ぐらいの表面積をベッドが占め、そしてそれに次ぎ、細々とした家具、冷蔵庫や、ゴミ箱。全ては整然というには遠く、ただひたすら、そこに存在する。赤と白を基調としたシンプルなコントラストの外装は、とてもセンスがあるけど、寂しさを何故か彷彿とさせる。生活臭はかなりあるにも関わらず、どこか人間の息遣いを感じさせない空間。周りから人が話をする声や、工事の音、タイムリミットのある蝉の鳴き声や、どこからとなく聴こえる鳥の鳴き声、そういった全ての音はこの空間が間違いなく現実のどこかに存在するという事実を確認させてくれるけど、それ以上のことは決してしてくれない。そうした諸所の音とこの部屋との間には、どうしようもない壁が備わっていて、この空間が隔絶されているという事実を意識せざるを得られなくなる。恐ろしく業の深い部屋なんじゃないか、そんな事を考える。そんな無機質さにどうにも耐えられなくなったとき、僕はヘッドフォンを付けて、音楽をかける。音楽は脱出手段だ。この部屋とどこかを繋ぐ、鍵のような役割を果たしているのかもしれない。

ラプンツェル

気がつくと私は、塔の中にいました。
塔の中は決して狭すぎるということはありませんでしたけれども、なんと言うか空気が澱んでいてとても居心地の悪いものだった、そう思えるのは塔を抜け出してのことでした。
 ですが、私にとってはこれが初めて与えられた場所であり、つまるところ生きるということはこの狭苦しくて息の詰まりそうな部屋で唯滔々と時を重ねることなのだと私は信じて疑いませんでした。

 私が生まれてからずっと大きくなるまで、おばあさんが時々私の塔までやってきては、私を世話してくれました。
 寒い日には風邪を引かないように毛布を与えてくれましたし、暑い日には冷たい飲み物を持ってきてくれました。
おばあさんは私が寂しがるのを見て、いつも仕方ないね、といった感じの事を言って辟易している風を装っては、出来るだけ長くそばにいてくれました。おばあさんは時々そういう偽悪的な振る舞いをすることがよくあったのです。
でも本当のおばあさんはとても優しくて、いつもおばあさんと話していると、なんだか全身にとても心地の良いお日様の光を浴びるような、むず痒いような照れくさくなるような気持ちになるのでした。

 おばあさんは魔女と呼ばれているそうです。それを知ったのはかなり大きくなってからのことでした。
 ある日、いつものように塔を昇ってきてお話していたおばあさんは、愚痴をこぼすようにそうもらしていました。その表情はかなり疲れているように見えて、私はおばあさんが魔女であったという驚きより、疲労を浮かべた表情をしているおばあさんを心配する気持ちのほうが大きかったように思えます。
おばあさんはまた、大変に博識な人でした。
私は分からないことがあれば何でもおばあさんに尋ねましたし、おばあさんがそれに答えられないという事は今まで一度もありませんでした。私は世界の成り立ちというものをおばあさんを通じて学んできました。
それは普通の人の考えているそれとはちょっと違ったかもしれませんが、でも私にとってはとても面白いものだったのです。

おばあさんは度々辺りにある野草を使ってお薬を作ったりして人々の役に立ち、それに対して幾ばくかの代金を頂き生活を成り立たせていました。
私は幼い頃とても病弱で、まんまるのお月様が満ち欠けして再びまんまるになるまでの間に、だいたい四、五回はなんらかの病気にかかっていたほどでした。
その度に私はおばあさんのお薬のお世話になっていました。おばあさんは私の症状にぴったり効果覿面のお薬を作って、子供心にも本当に不思議に思っていました。私は幼い頃
、大きくなったらおばあさんのようなお薬を作れる人になりたいと常々思っていました。
今となってから言える事なのですが、恐らく私はもしおばあさんに引き取られていなかったら、決して長くは生きられなかったと思うのです。

申し遅れましたが私はおばあさんの子供ではありませんでした。私は近くに住んでいる夫婦の娘だったそうです。
私は詳しいことは分からないのですが、生まれる前におばあさんその夫婦の間で何らかのやり取りがあり、こうしておばあさんに引き取られて塔の中で育てられるようになったのです。
私は今になっても両親の事はわかりません。本当のところをいうと、両親のことを知りたいと思ったことは否定できませんが、そうすると何だかおばあさんに申し訳のないような気持ちになったのです。
ですから私は今まで両親の事を調べたことは無いですし、恐らくこれからも両親の事を調べることは無いと思うのです。

そのようにして育てられて、私はようやく少女と呼ばれる年頃になりました。
私のいる塔の中には鏡がありませんでした。実は外に出るまで鏡というものを全く知らなかったのです。
折に触れておばあさんは私のことを美人だと褒めてくれたのですけど、美人というものがどういうことかよく分からなかったので、おばあさんに尋ねたことがあります。
そのときおばあさんは、余り知らない方がいいと、答えました。どうしてなのかと尋ねると、美人であることは必ずしも幸せになることではないからと答えてくれました。よく分からないのでじっと考え込んでいると、おばあさんがたまりかねたようにこう答えてくれました。
「いいかい、よくお聞き。美人であるって言うことは結構気持ちのいいものだよ、確かに。私も若い頃は美人だって褒められたものさ。でもね、そう言われていい気になるのも最初のうちだけさ。よくよくそういって褒めてくれた人のことを思い返す度、本当に私のことを見てくれたか疑問に思うんだよ。見えない部分を見るってのも奇妙な話なんだけどね、そういう外見に囚われない内面を見てくれる人っていうのはなかなかいないものさ。
お前には私の言ってることはまだ分からないかもしれないけどね、これだけはよく覚えておくんだよ。お前はこれからもしかしたら外を出ることがあるかもしれない。お前はそこで幾多の羨望のまなざしや、千の求愛の言葉を受ける事になるかもしれない。でもそれが本当にお前自身に向けられているものか、よく考えるんだ。そうしないとお前のような無垢な子はコロリと騙されてしまうからね。分かったかい」
私はとりあえず分かったふりをしたけれども、その言葉を本当に理解するのにはずいぶんと長い歳月が必要でした。

私は順調にすくすくと育ち、もうすぐ結婚できるほどの年齢にさしかかりました。けれどもおばあさんは私を決して外に出そうとはしませんでした。
私が外に出たいといったのは何も今回が初めてではありません。いつもそういった事を言うたびにおばあさんは外は怖い、恐ろしい世界であるといった類の話をたくさん聞かせてくれました。
そういった話を聞くたびに私は背筋を震え上がらせて、夜中にベッドから抜け出す事も怖くなったものです。
私はそういう話を幾度と無く聞いて、おばあさんの言いつけどおり決して外に出ようとはしなくなりました。
外へ出ずとも塔の中には暖かいベッドと、美味しい食べ物、外から見える綺麗な風景、それにおばあさんと過ごす何よりも楽しいひと時がありました。
私はそれを手放してまで外に出ようだなんて決して考えはしなかったのです。

ある夜の日のことです。私は寝つけないので、窓から顔を出しては退屈しのぎに歌を歌っていました。
私は歌を歌うのが大好きでした。
こうして夜中に誰も人影が見えないなかで歌を歌うと、何だか森が歌を聴いてくれているようなそんな安心感に包まれるのです。何も言わずに穏やかに、静かに聴いてくれる存在はなによりもありがたいことでした。
私は喉を震わせて歌を歌っていると、歌声とともに私の様々な思いが喉から出てくるような感覚がして、とても気持ちよかったのです。
でも人が外から見ている昼間に歌うと、とても注目を集めることがあって、それがちょっと怖くもありましたし、おばあさんにも叱られることになったので、お日様の出ている間に歌うことはありませんでした。
時折自分の歌が大地にこだますることがあって、それを聞くのも大好きでした。
そうして度々木々や森に歌いかけていたのですが、その日はそれ以外にもお客さんがいたようです。といってもそのことを知るのはまだちょっと先でした。

 私はいつもおばあさんが塔にやってくるときに、塔の窓から髪を下ろしてそれを伝って登ってもらうようにしていました。
私の髪は大変長く、それこそ本当にあの高い塔の上から地面まで届くほどだったのです。
おばあさんはいつも塔に登ってくるのに苦労しているようでした。なにしろこの塔には、窓が一つしかなく、私の部屋まで続く階段のようなものも見当たらないですし、かといって梯子すらなかったのです。
ですからおばあさんは毎回必死になって塔を登ってきました。
ある時たまりかねて私が窓から髪をたらしたのです。おばあさんは最初私の髪を蔦って登るのに躊躇していましたが、私がどうしてもと言って聞きませんでしたので、いつものようなたまりかねた表情を浮かべて了承してくれました。
それ以来おばあさんは塔を登ってくるとき、決まってこう言いました。
ラプンツェルや!ラプンツェルや!お前の頭髪を下げておくれ!」
これは一種の符丁のようなものでした。この言葉が塔の外から聞こえる度に、私は嬉々として自分の髪を窓から垂らしたものです。

あの歌を歌った日から数日後の夜のことです。お月様が良く見える夜にまどろみかけていた頃、突然外から声が聞こえました。
ラプンツェルや!ラプンツェルや!お前の頭髪を下げておくれ!」
いつもとは声の調子が違いました。それは何だか、時々外から聞こえてくる道を行き来している男の人のような声でした。
でも私はさして気にしませんでした。時々おばあさんはそういう悪戯をするお茶目なところがあったからです。
私はいつものように頭髪を外へ垂らしました。それを伝って人影が私のところまでやってきました。ようやく私の部屋まで登ってきましたので、いつものように話しかけようとして、そこでようやく気がつきました。
塔の窓際に立っていたのは若く、綺麗な男の方でした。黄金の髪に、青の瞳を供えたその男の人は、神秘的で神様の授かり物のようにみえました。
私は本当にびっくりして、気を失いそうになりました。何か悪い夢を見ているのではないかとさえ思ったのです。
実はこのとき生まれて初めて男の方というのを間近で見たのです。
おばあさんからはよく、男というのは不潔で、粗野で、野蛮で恐ろしい生き物だと聞かされていましたので、初めてその男の人と対面したときは本当に恐怖で身がすくむ思いでした。


私があからさまに怯えているのを見て、男の人は安心するように言いました。男の人は自分が王子だと名乗りました。
彼は旅の途中、ちょうどこの近くに立ち寄っていたそうです。そこで数日前に、私の住んでいる塔の上から歌が聴こえたと仰っていました。
私はそれを聞いて大変恥ずかしい気分になりました。私は人に聞かせるために歌を歌っているわけではありませんでしたし、いつもおばあさんには下手くそだと悪態をつかれていたからです。
そのようなことを王子様に申し上げると、そんなことはないと彼は仰いました。
「実は貴方の歌が大変に綺麗で素晴らしく、いったいどんな方が歌っているのか気になって仕方が無かったのです。そこで数日塔を見ていたら貴方が老婆を塔にまで招いているのを見て、私も貴方を一目拝見したいと思った次第です。でもまさかこのような美貌の持ち主だとは露ほどにも思いませんでした。私は貴方のような美貌の持ち主には今まで一度も出会ったことがありません。もしよければの話ですが、これからも貴方様の所にお訪ねしてもよろしいでしょうか」
私は今が夜でよかったと心から思いました。
というのも、自分でもはっきりと分かるくらいに頬が熱くなっているのを感じ取れたからです。
この王子様がそれほどおばあさんの言っているような残忍な方には見えませんでしたし、私は彼の申し出を了承しました。
こうして私たちは夜の密会を重ねるようになったのです。

こうして深夜に王子様と会ってお話している時間はとても貴重なものでした。王子様は私の知らない世界をずいぶん良くご存知で、彼の話す外の世界は大変素敵なものに見えて来たのです。
でも時々おばあさんの言っている事と、王子様の言っていることが食い違っていることがありました。
私はどちらかが嘘を付いているのではと思って、両方に嘘を付いていないかそれとなく伺ってみたのですが、あからさまに嘘を付いている様子は二人ともありません。
私はますます混乱してきました。どちらが正しいことを言っているのか確かめる為には、私自身が外の世界に足を踏み入れるしかありませんでした。
私はこのとき本格的に外へ出ることを考えはじめました。

王子様と出会ってしばらくしてのことです。私はいつになく真剣な表情で外に出してもらえないかおばあさんに尋ねました。
おばあさんの答えはそっけないものでした。私がまだ外に出るには早すぎる、と言って、時期が来たら外に出してあげるから我慢しなさいと私に言い聞かせました。
私は食い下がりました。何故駄目なのか、何が足りないというのか、私には全く理解ができないと。
おばあさんは頑として譲りません。お前には知らない事が多すぎると。お前はこのまま外に出たら絶対に傷つき、後悔する事になるだろうと。
その日の話し合いは最後まで平行線でした。
私はとても悲しかったことを覚えています。
 どうして分かってくれないのか。おばあさんだから私のことを背中を押して応援してくれると信じていたのに、裏切られた気分でした。私はその頃から涙を流すことが多くなりました。

王子様との密会はその後も続きました。彼の話を聞くたびに私は外の世界に出たいという気持ちを強くしていきました。
また彼は会うたびに一緒に出ようと言ってくれました。私はその申し出に感謝していましたが、それを真剣に受け取り、二人で外に出ることに関しては難渋していました。
私は多分おばあさんに笑顔で見送って欲しかったのだと思います。
実際おばあさんはこのこと以外に関しては本当に上手くしてくれましたし、それを裏切るような真似だけは避けたかったのです。
でも外への思いは日に日に募ります。
私は昼も夜も窓の外に顔を出して、風を頬に受けながら思索を重ねる事が多くなりました。
風は容赦なく私を体を吹きつけ、まるで私を外の世界に誘うかのようにあざ笑っては去って行きます。
私も風になれたら、どんなにいいだろうにと思いました。あの風のように、ただ流れに身を任せて、どこまでもどこまでも知らない場所まで旅を続けるのです。
でも私は風ではありません。そのように我に返っては頬から涙が伝うと、それすらも風は奪い去ってしまいました。

相変わらず王子様とは密会を重ねていましたし、おばあさんとは平行線でした。私は日に日に王子様に心惹かれていくのを感じました。王子様は何かと私のことを慕ってくれていました。
彼は私の髪が真珠のような輝きを保っていることや、手がとても小さくて愛らしい形をしていること、肌がとても肌理細やかであることや、透き通るような白い肌をもっていること、瑞々しい花のような香りがすることをとても褒めてくださいました。
私も彼の柳のように穏やかな態度に心許すようになっていて、彼には何もかもを包み隠さず話していました。
私が彼に話しかけるとき、彼はただ黙って私の話を聞いてくれました。次第に私は昼も夜も王子様のことばかりを考えるようになってきました。

私はある夜に求婚をされました。
彼はただ簡潔に、妻になって欲しいといってくれました。
その時の気持ちは忘れません。嬉しさの余り今どこにいるのかも忘れてしまうほどに舞い上がって真っ白になり、本当に天に召されるのではないかと心配するほどでした。
そしてその時、私はこの塔から抜け出すことを決意するのです。あまりあからさまに抜け出すのは避けたいので、用意周到に事を運びたいと王子様に告げました。
そして全ては上手くいくと思っていました。実際それは本当に順調にいっていたのです。

きっかけは私の不用意な一言でした。軽くおばあさんをからかうつもりで、王子様の事を口に出してしまったのです。
その時のおばあさんの表情は世にも恐ろしい憤怒の表情を浮かべていました。私はそのときようやく、とんでも無いことをしてしまったのだと自覚しました。
おばあさんは私の自慢の長い髪を切ってしまいました。
私はショックの余り王子様のことで謝りもせず、開き直っていつものようにおばあさんを責めました。この口論は今までで一番長かったように思えます。
「ねえ、おばあさん、分かっていただけるでしょう、私はずっと外に出たかったんです。私は今まで本当に一度たりとも外へ出たことがないんですよ。私は川のせせらぎの音がどんなものかも知らないし、海がどれだけ大きいかも知りません。 薔薇という花も見たことが無いし、熊も見たことがないんですよ。
本当に私は何も知らない。確かにそうです。ですが私は何も知らないまま終わるようなことだけは絶対に嫌なんです。このままではまるで暗闇の洞窟の中で一人、灯りも持たずに暮らしているようなものです。私は光がないと生きていけないんです。光が無いと闇の中に飲み込まれて、一生そこから這い上がることは出来ないんです。どうして分かってくれないんですか」
私は涙ながらに必死に外へ出たいと訴えていました。そしておばあさんを沢山罵ってしまいました。
その時のおばあさんの悲しそうな顔は今でも脳裏に浮かびます。おばあさんはもう出て行けと言いました。
「もういい、わかったよ、出てお行き。私はいままでお前を娘のように大切に育ててあげてやったのに恩を仇で返すような真似をするんだね。全くたいしたもんだよ、お前は。頼むから私の目に留まらないような遠くに行っておくれ。そこで野垂れ死のうが私の知ったことではないさ。外に出たらお前さんはこれから色々な事を知るだろうさ。でもそれは決していいことばかりではないんだよ。物事にはいいことと悪いことの両面がコインのように隣合わせになっているのさ。お前は色々知るにつれていろいろと抱えなくてはならなくなるんだよ、いいかい、これは本当に辛いことなんだ。できればお前には幸せになってもらいたかったけれど、お前は結局最後まで分かってくれなかったようだね」

私は塔を出て行きました。せめてもの償いに、私は本当におばあさんの目につかないような遠い遠いところまで行きました。
私は遂に砂漠までたどり着きました。ここは地の果てのような酷いところでした。暖かいベッドも、美味しい食べ物も、綺麗な風景もありませんでした。当然ながらおばあさんもいませんでした。
私はこの酷い砂漠の中で、ひたすら生きることだけを考えていました。それはおばあさんの言うように本当に辛いものでした。
私は生き延びることを考えながらおばあさんの事や王子様のことをひたすら考えていました。
王子様はおばあさんに手ひどくやられているのではないかと心配でした。ですが私には何も出来なかったのです。
塔を出なければよかったとも考えましたが、もう引き返すことは出来ません。そうして数年の月日が経ちました。

ある日のことです。私はいつものように砂漠を放浪していました。そして私は遠くに人影を認めました。
その人影が近づいてきて、やがて何者であるかがはっきり分かるようになりました。
私は最初、この目に映ったものが信じられませんでした。でもそれは確かに王子様でした。
私は彼の姿を認めるとすぐに彼に向かって走って行きました。そして涙を流しながら力強く彼の頸を抱きしめました。ごつごつしてほっそりとした感触でしたが、まぎれもない王子様の感触でした。
王子様は酷く憔悴していて、足元もおぼつかず、しかも盲になっていました。私はそのことに気づくと酷く悲しみ、涙を流しました。
すると、本当に信じられないことですが、王子様の目が見えるようになったのです。
私は歓喜の余り再び王子様を強く、強く抱きしめていました。

私は酷く気力と体力を消耗していた王子様を介抱しながら二人で王子様の国を探し、やっとのことで辿り着きました。
最初、私たちが何者であるのかすら分かって頂けませんでしたが、王子様の説明によりようやく私たちは何者であるか明らかにされると、国は私たちを総出で出迎えてくれました。
そして彼は正式に私に求婚しました。そして私はそれを受け入れました。国中でその婚姻は祝われました。
そうして私はお城で暮らすこととなったのです。それはとても幸せなことのように思えました。

おばあさんの事は結局今になっても分かりません。私は今では夫となった王子様に幾度と無くおばあさんの事を聞いたのですが、彼は決してその事を話そうとしませんでした。
何か後ろめたい事をした、というよりは、それはまるで戦地に赴いた事のある兵士が、昔の事を思い出すような目でした。
私はそれ以来その事について触れておりません。

私はあの日飛び出してしまった事について、今でも果たして正しかったのか本当に判断がつかないのです。
おばあさんを結果的にないがしろにしてしまった事には罪悪感を感じております。
そして外に出た事により多くの事を学びました。とても外の世界は広く、私の知らない沢山の事がありました。それは決して塔の中では分からない事でした。
確かに私は望みどおりの結果を手に入れたと言えるのかもしれません。ですが、私はこの手に入れたものの扱い方を存じませんでした。

宮廷はおばあさんが昔私に語ってくれた世界そのものでした。
人々は表面上は穏やかな風を取り繕っていましたが人々はみな自分の利害で動いておりました。
周りの方は私の事を上っ面でしか見ようとしません。私はまるで人形のように扱われました。私に意思は必要ありませんでした。
私には沢山お話したいことがあるのです。私にはもっとやりたいことが沢山あるのです。しかしそれは人形には無用のものでした。
私はただお行儀よく、椅子の上に可愛らしく座り待つことしか出来ませんでした。
人々が私を見るとき、まるで天使のようだと口々に言いました。
私はそれを聞いて内心ほくそ笑んでいた面もありました。実際は私はとても上手くやっていたからです。しかしそのように振舞うことが私にとって正しいことなのか、それについてはわかりませんでした。
 人は私を見て十人十色の物語を描いていました。ですがその中にあるものはどれも見当違いでした。人は見たいものしか見ようとしないのです。
私は確かに外の世界に出ました。ですが、私は時々、この宮廷があの塔のように思えてくることがあるのです。
ここは全てのものが煌びやかで、豪華で、人々は思わず目をそむけてしまうほどの輝かしさを持ち合わせていましたが、その一方で何だか息苦しくて空気が澱んでいるように思えるのです。

私は今でも時々、夜中に歌を歌います。あの塔の窓辺で歌ったように。私の中にある、言葉では言い表せぬものを空に放つかのように、喉を震わせて歌います。
そしてそれを聴いた人々は私について色々な思いを馳せるでしょう。
そのような思いとは関係なく、私は歌を歌い続けます。私の中の暗く、奥深いところから搾り出されるような歌は、それが一切私の中から消えてなくなるまでいつまでもこの虚空へと響くことでしょう。それはいつ終わるのでしょうか。
私には分からないのです。(終)

(追記)ちょっと思うところがあって、ラストを変えました。こっちの方がしっくりくるので。